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 【攘夷】

文:くれは 絵①:瑞瑠 絵②:冬真

 


高杉晋助はかなりの偏食家だ。
そりゃあもちろん、誰だって好き嫌いはあるだろう。何も食べ物に限らず、人間関係に服装に季節に運動に勉強に、と挙げていってしまえばキリがない。
高杉の場合の偏食というのは、なにか好きなものをかたよって食べる、というよりは『嫌いな食べ物がとんでもなく多い』ということをベースにしている。偏食家というよりはただ単に味覚が幼稚なだけかもしれない。
 
つらつらと述べてきたが、要するに今話題にしたいのは、そんな高杉に如何にして嫌いなものを食べさせるか、ということだ。子を持つ母親の悩みのようだが、強ち間違ってはいない。が、あんな我儘な子はお断りだ。
そもそも面倒臭がりな銀時が何故こんな思考に至っているのかというと、発端は高杉の言い放ったある言葉だった。
 
 
 
『俺ァこれ嫌いだ、食わねェ』
 
 
 
その一言に、銀時はキレた。そりゃあもう盛大にキレた。
元々捨て子として生きてきたせいか、食べ物に関しては人一倍敏感だという自覚はある。好みはあれど、食べられるものがあるだけで幸福だと思える身にとって、高杉の発言はふざけるのもいい加減にしろと言うにふさわしいものだったのだ。
 
 
 
「と、いうわけで」
 
 
 
ぱたん、と手にした料理本を閉じて目の前の男二人を見やる。
何度見ても対照的な頭だ。人のことを言えやしないけれど、もじゃもじゃとさらさらが並ぶのはある意味壮観だった。頭の中で二人の髪型を入れ換えてみて、ちょっとだけ後悔する。やめておけばよかった。
茶を啜りながら目で続きを促してくる桂と坂本に頷いて、銀時は高らかに宣言した。
 
 
 
「高杉の野郎に野菜を食わせてみたいと思います!!」
 
 
 
『偏食高杉改善大作戦』。
我ながら呆れるほど馬鹿な名前だと、今になって思った。

 
 
 
 
小刻みにリズムよく包丁を動かし、シソを小さく刻む。まな板の上にたまったそれを包丁を滑らせながら片手で受け止め、小さめのザルに突っ込む。フライパンに油を引きながら、洗ったピーマンを半分に切り中の種をくりぬいた。
オコサマ味覚な高杉くんは、ピーマンだの玉ねぎだの人参だの、いわゆる『コドモが嫌いな野菜』が例に漏れず嫌いだ。わからないでもないが、嫌われる野菜というやつは得てして貴重な栄養素も多いものである。食べなかったから小さいままなんじゃないのかと最近考え出した。
今更食べさせたところで身長が改善されるとは毛ほども思っていないけれど、少なくともあの薄っぺらい肉体くらいは多少改善されるだろう。昔から高杉は、銀時の――つまり松陽仕込みの味付けの――料理だけはそれなりに腹に詰め込んでくれた。酒が好きなせいであまり肉やら魚やらも食べなくなったが、目の前に出せば食うだろう。
食ってもらわねば、困る。
 
 
 
「…旗でも刺してやろうかな」
 
 
 
ピーマンをみじん切りにし、玉ねぎの皮を剥きながら呟く。日の丸の旗が刺さったそれを食べる高杉を想像し盛大に吹いた。
玉ねぎもみじん切りにし終え、冷蔵庫からひき肉と卵を取り出した。坂本の財布をふんだんに使用したので、ちゃっかり国産黒毛和牛モノである。
万事屋の食卓に並ぶことなどないであろうそれを感慨を込めた瞳で見つめ、パックから肉を取り出す。ボウルにそれを無造作に入れて、やわらかくしたパン粉と卵を入れた。刻んだ玉ねぎとシソ、ピーマンも一緒に詰め込み素手でよくかき混ぜる。
 
ぶっちゃけて言うと、高杉の偏食が直ろうが直らまいがどっちでもよかった。もちろん直すべきだとは思っているけれど。
 
 
 
「そろそろ江戸に着くころか…?つかなんでヅラまで行ったの、手伝ってくれねェのかよ」
 
 
 
高笑いを響かせながら京へと飛んだ二人を頭に思い浮かべる。ぶつぶつと文句を言いながらも手は止めない。桂がいたところで手伝わせる気はなかったから見抜かれていたのだろう。
適当な大きさに丸めたそれをフライパンの上に落とし、ヘラで位置を調整しながら四つ塊を並べた。手を洗い、ガスコンロに君臨していた鍋の前に立つ。蓋を開ければ、もわりとした湯気とともにほんのりと甘いかぼちゃの匂いが漂った。
くつくつと泡を立てるオレンジのそれをお玉ですくい、小皿へと流し込む。息で冷まし、ずず、と啜れば、とろりとした食感と自然な甘みが口いっぱいに広がった。うん、上出来だ。
 
鍋に蓋をし、再びフライパンの前でハンバーグを焼き始める。
テープでぐるぐる巻きにされ荷物のようになった高杉が二人に連れられてきたのは、ちょうど十五分後のことだった。
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
「いい加減機嫌を直せ、高杉」
「…」
「そうじゃよ~ちょっとしたサプライズみたいなモンじゃき、本気にならんでくれとうせ」
「……」
「…テープ剥がしてやれや」
 
 
 
巻き付けたテープをぺりぺりと剥がしながら口々に言う二人に呆れながら呟けば、本気で忘れていたらしい桂は高杉の口元に貼られたそれを剥がした。
べりっとかなりいい音がしたから相当痛いはずだ。現にちょっと唇が腫れている。あれでは部下に示しがつかないだろう。
そんなことを思いながら料理を盛り付け、一人分ずつ運ぶ。今にも刀を抜きそうな高杉の前にかたんとお盆を置けば、眉間に刻まれた皺が一本減った。
 
 
 
「…なんだ、こりゃァ」
「何って、飯?」
「ンなこたァわかってんだよ」
「ハンバーグプレートです」
「……はんばーぐぷれーと」
 
 
 
白い丸皿には、圧倒的な存在感を放つハンバーグがででんと君臨している。彩り程度に人参のバターソテーと茹でたブロッコリーが添えられ、じわじわと肉汁を垂れ流す本体の上には鮮やかなシソの葉と真っ白な大根おろしがたっぷり乗っていた。
汁椀になみなみと注がれた橙色のパンプキンスープに、小皿に盛られた大根と人参のサラダ。
ほかほかと湯気を立てるつやつやの白米は、どの粒もぴんと立って凛々しく天を向いている。
 
 
 
「…和洋ごちゃまぜじゃねェか」
「細けえこと気にすんじゃねえよ、おらヅラと辰馬も」
「ヅラじゃない桂だ…うむ」
「おお、うまそうじゃのー!」
「おいテメェら、」
「ハイ、高杉くん」
 
 
 
そう大きくもない万事屋のテーブルを四人で囲む。先導するようにぱん、とひとつ手を鳴らせば、高杉は不服そうな顔をしながらもその両手を合わせた。にやりと笑った桂と坂本も、高らかな音を立てて手を鳴らす。
 
 
 
「「いただきます」」
 
 

 
かちゃかちゃ、と一斉に食器の音が響き始めた。スープを手に取った銀時の隣で、高杉が細やかな手付きでハンバーグに箸を入れる。じゅわりとあふれた肉汁に構わず小さく切り分けて、流れるように口に運んだ。
咀嚼する動きの後に、喉が上下する。視線に気付いたのかこちらを横目で見た高杉が、二口目のハンバーグを切りつつ茶碗に手を添えて「……うまい」と小さく漏らした。
内心でガッツポーズしながらも、表情には出さない。出さないつもりだったがどうしたって頬が緩むらしく、目の前の桂が呆れたような笑みを浮かべていた。坂本はといえば、無言のまま着々と肉と米を減らしている。
 
 
 
「金時、こりゃあ何入れとるんじゃ?普通ではないじゃろ」
「和風だよ和風。牛肉の他に豆腐練り込んだ。で、あとは野菜をまあ……色々とだな」
「シソ入れてやがんな」
「おう、臭みも取れるし」
「うまいものだな、まったく」
 
 
 
感心したように呟く桂と、もうサラダを残すのみになった坂本。高杉も黙々とハンバーグを口に運んでいる。バランスよくすべてのおかずが減っていっているのは流石だろう。
ポン酢が染み込み色の変わった大根おろしを崩し、シソで巻きながら肉と合わせる。さっぱりとした味わいは、豆腐を混ぜ込んだことによって食べやすい軽さとなっていた。
 
かたん、かちゃ、かちゃん。
順番に箸が鳴り、そして沈黙。
テーブルの上からきれいになくなった料理たちは、それぞれの胃の中に収まっていた。
再び手を鳴らす。今度は高杉も不服そうにはしなかった。満腹らしく、ちょっと満足げだ。それを見て笑みを深める。このまま野菜やら肉やらをきっちり食うようになればいいのだが、そううまくはいかないだろう。
 
 
 
「「ごちそうさまでした」」
 
 
 
唯一の誤算は、料理の味を気に入った高杉がちょくちょく居座るようになり、子供たちや真選組やらと一悶着起こす羽目になったことだった。
でもまあ、それを除けば。むしろ、それすらも入れていい。
 
作戦は上々、完全勝利だった。
 
 
 

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