top of page

 【村塾】

文:未亜 絵:(A)ka

 

 ひらりひらりと風に任せるように赤に染まった葉が宙を舞っている。

 肌を撫でるその風は、幾分かの肌寒さを感じさせた。見上げた空には薄い雲が真っ青なその色に溶け込むように点々と浮遊している。

 こんな天気をなんと言うんだったか。

 

「まさしくこれが秋晴れというやつだな」

 

 銀時の疑問に応えるように桂がしたり顔で頷く。そうか秋晴れか。先日、先生がそんなことを言っていた気がする。

 そんなおぼろげな記憶を手繰り寄せる銀時をよそに、高杉はずんずんと桂に近づいた。縁側に座って空を優雅に見上げる桂に、高杉は持っていた箒の柄を突きつける。

 

「お前も暇なんだったらちったぁ手伝えよ」

「なにを言うか。これはお前らがしでかしたことの罰だろう。自分の起こしたことには自分で責任を取れ」

「止めずに見てたお前も同罪だろーが!」

「言いがかりはやめろ。俺はお前らの間抜け面を、見ようと、思って、ふふっ」

「やっぱチクったのてめーかよ!ふざけんな!」

「…つーか高杉うるせー。そんなかっかしやがって牛乳足りてねーんじゃねーの?だからいつまでたってもチビ杉なんだよ」

「チビじゃねぇっつってんだろーが!そもそもてめーがけしかけるからこんなことになったんだろ!!」

 

 怒りの矛先をこちらに向ける高杉を鼻で笑いながら、銀時は集めた落ち葉を一蹴りした。

 

 

 そもそもの始まりは、なんてことはない、ただの喧嘩だ。

 きっかけは銀時も忘れてしまったが、高杉と取っ組み合いをしているうちに、障子を思い切り破いてしまったのだ。子供一人分の大きさで穴が開いたそれをどうにかしようと誤魔化す間もなく、桂に連れられたらしい松陽先生がにっこりと微笑んだのだった。わなわなと握りこぶしをかかげながら。

 

 

「掃いても掃いてもキリがねぇんだけど」

 

 いまだに痛みが残る頭をがしがしと撫でつけながら銀時は溜息をつく。

 先生が銀時と高杉に科したのは、げんこつ一発と庭の落ち葉掃除。さして広さはないものの大木が一本鎮座しているせいか、はらはらと風に揺られて赤色の葉がひっきりなしに落ちてくる。それなりに綺麗な光景のはずなのに、今の銀時には苛立ちしか与えてこなかった。

 

「つーか、先生はどこに行ったんだよ」

 

 うんざりとした声音で高杉が箒の柄に顎を乗せ唸る。二人がかりで集めた落ち葉は小さな山を作っていた。縁側にいる桂が、いつの間にか手にしていた書物に目を向けたまま答える。

 

「さぁな。そういえば、裏の親父さんに呼ばれて出て行った気がするようなしないような気がしないでもない」

「その言い回しイラッとする。てゆーかなんでそんな曖昧なんだよ」

「俺は先生からお前らを監視するよう言いつけられたからな。まんじりたりともここを離れるわけにはいかん。おかげで先生がどこに行くのか尋ねることも、厠に立つこともできんのだ。さっさと終わらんか貴様ら俺を厠に行かせろ!」

「ヅラ、お前馬鹿正直つーか、ただの馬鹿だろ」

「ヅラじゃない桂だ。あと馬鹿ではない」

 

 桂と高杉のくだらない応酬に耳を傾けつつ、銀時は集めた落ち葉に目を落とす。

 大小様々な形をした落ち葉が赤と茶を混ぜたような色合いを見せている。ただの枯葉だというのに、随分と鮮やかな集合体だ。ほんの数週間前までは青々と茂っていた光景を思い出しながら、銀時は頬を掻いた。なんとなく、この光景にはまだ慣れない。

 

 

 ふいに門の開く音が聞こえた。それと共に、ただいま戻りましたー、と妙に上機嫌な声。近づいてくる足音に振り返れば、顔が半分隠れるほどの荷物を抱えた先生が楽しそうに笑った。

 

「ずいぶんとたくさん集めましたね。結構結構」

「…何持ってんだ?せんせー」

「あぁ、これですか?」

 

 よいしょ、と声を上げながらドサリとその荷物を置く。鼻歌でも歌いだしそうな様子で先生はその風呂敷を解いた。

 

「裏の百姓さんからもらったんです。お裾分けにって」

 

 しゃがみこむ先生の後ろから三人はその風呂敷の中身を覗き込む。

 お裾分け、というにはずいぶんと大量なさつまいもが反動でゴロリと転がった。

 

 

 

「…落ち葉集めろってこれが目的かよ」

「む。そんなわけないでしょう。私は銀時と晋助が落ち葉を集めることによって精神統一をはかり武士の魂をですね…」

「先生!結構燃えてしまってるんですけど大丈夫なんですか!家に移ったりしませんよね!大丈夫ですよね!?家財を運び出す準備ならできてます!」

「心配はいらないから自分で水に被ろうとするのはよしなさい、小太郎」

 

 もくもくと煙を上げながら燃えている落ち葉の山は、さつまいもを焼くかまどへと役目を変えた。バチバチと音を立てるそれを眺めながら、先生は、そろそろでしょうか、と思案顔を浮かべる。随分と真剣なその表情に、精神統一だのなんだのは後付けだと銀時は確信した。

 

「こうやって落ち葉で焼いて食うのは初めてだ」

 

 ばさばさと火を落とす松陽の後ろから、興味深げに高杉が覗き込む。それに答えるように誇らしげな笑みを浮かべた先生が、軍手を三人に手渡した。

 

「こうして紅葉を背に焼き芋を食べる。風流じゃないですか」

 

 風流。そう表現した先生は子供のような表情で燃えて塵となった落ち葉を掻き分けている。そうして発掘した大振りの焼き芋を半分に割ってみせた。白い湯気とともに鮮やかな黄色が姿を表わす。

 半分に割ったそれぞれを高杉、桂に手渡すのを横目に、銀時はふいにひらひらと流れる落ち葉に目をやる。あれだけ集めたというのに地面はまた赤い絨毯に覆われていた。

 ただの枯れ葉だと、少し前の銀時ならそう一蹴していたはずなのに。なんとなくこそばゆい気持ちになって銀時は眉を寄せる。難しい顔をしている銀時を覗き込むように、先生は半分に割った焼き芋を銀時に差し出した。

 

「そういえば、銀時も初めてでしたっけ」

「…干し芋なら食ったことある」

「あぁ、それはもったいない。さつまいもは熱を加えたほうが甘みが増してさらに美味しくなるんです」

 

 さぁさぁ、と楽しそうに笑うその姿に曖昧に頷きながら、差し出された焼き芋を慎重に受け取る。軍手を嵌めているとはいえ、熱は銀時の手のひらに十分伝わった。

 前方に目をやれば、桂が、高杉が熱さに悪戦苦闘しながら焼き芋をほおばっている。それに負けじと、銀時は湯気のたつそれにばくりとかぶりつく。

 熱くて、甘くて、優しい味が口の中で広がった。


 

bottom of page