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 【万事屋】

文:ゆら 絵:わかこ

 

 
 

 八月のとある日。まだ朝の8時過ぎだというのに、とても暑い日だった。新八が万事屋へと繋がる階段を上がると磨りガラスの扉の向こうから、ドタドタとけたたましい音が聞こえてくる。ああ、もう起きていたのか、と一つ軽いため息をついて「おはようございます」と扉を開けると、台所からひょいと顔を出したのはまだ寝間着姿の銀時と神楽だった。

 

「二人とも、今朝は早いんですね。朝ごはんは今からですか?」

「あぁ、神楽が腹減ったって煩くてな。オメーはもう飯食ってきたか?」

「ええと、姉上が居たので……食べずに逃げてきました」

「……あぁ。んじゃ、オメーの分も用意してやっから。卵かけご飯だけど」

「ありがとうございます」

 

 なんだか珍しく銀時が台所に立っているので、手持ち無沙汰だなと感じた新八は「それならお茶でも淹れます」と台所に入った。銀時が碗に白飯をよそい、受け取った神楽がご飯の上に生卵をのせる。それを繰り返すこと3回。いつもこれぐらいしてくれたらな、と眺めながら火にかけていたやかんがヒューと音を立てたので、急いで火を消した。

 銀時たちが居間に各々の食事を持って向かったのから少し遅れ、新八も急須と湯呑みを3つ乗せたお盆と共に居間に戻った。ハイ神楽ちゃん、と茶を注いだばかりの湯呑みを隣に座る神楽に渡すと、熱そうアルな、とじっと湯気を眺めながら受け取った。まだ熱いから気をつけて飲んでね、と付け足しながら銀時の大きめの湯呑みに茶を注ぎ、目の前に座る銀時の方に差し出すとおー、と気のない返事をしながらテレビをぼんやり見つつそれを受け取った。

 あち、と淹れたてのそれに早速口をつけた銀時は、少しだけ茶を啜り卵かけご飯にありついた。

 

「おい神楽、醤油回してくれ」

「自分で取ればいいアル」

「ンだとこのクソガキ。誰が食わしてやってると思ってんだ」

「幼気な少女にタダ働きさせてる極悪非道人は何処のどいつネ」

「あーあーもうやめなよ二人とも、お茶零れちゃうよ」

 

 なんて痴話喧嘩もしつつ、食事を終えダラダラ身支度を整えて10時前になってようやく万事屋を後にした。

 

 

 その日の依頼は、お得意である近所の家の庭掃除だった。日差しにめっぽう弱い神楽には、なるべく日陰の方の掃除をさせ、銀時と新八はせっせとその他の部分の掃除に当たった。途中、家主の奥さんが握り飯とお味噌汁を用意したから、と涼しい部屋に通してくれ、小一時間ほどの休憩を挟み午後も掃除を続けた。

 じりじりと焼けるような暑さから、汗がどんどん噴き出してくる。しばらく掃除をしていたら、冷えたスイカがあるから休憩しないか、と今度は家主のおじいさんが声を掛けてくれた。また涼しい部屋で仲良くスイカを頬張り(最後の一切れは自分のだ、と銀時と神楽は喧嘩していたが)、再び掃除に戻った。

 ここの老夫婦はとても気前がよく、銀時の歳では少し憚られるが孫のように三人を扱ってくれた。足腰の悪い自分たちの代わりにそう広くない庭の掃除を頼み、昼食やおやつをご馳走してくれ、時には夕飯に持って帰りなさいと煮物や奥さんお手製のぬか漬けをくれたりもした。神楽もかなり懐いているようで、食事を色々と出してもらう分掃除も一生懸命にこなしていた。

庭はあまり広くないため、日が落ち始めた頃にはおおよその目処がついた。ありがとう、これお代ね、と奥さんが茶封筒を渡してくれ、あとこれも持って行って、ときゅうりの浅漬けまで貰ってしまった。

 

「ありがとうございます」

「なんか悪ィな、土産まで貰っちまって」

「また、よろしくね。あなた達が来てくれると、いつも賑やかで楽しいわ」

「じゃあ今度は遊びに来るアル!」

「ええ、神楽ちゃん。美味しいケーキでも用意しておくわね」

「じゃあ俺も……」

「銀さん、大人気ないですよ。じゃあ、またよろしくお願いしますね。失礼します」

 

 と、新八が深々と礼をして三人はその家を出た。茶封筒を懐にしまいこんだ銀時は、少し上機嫌な様子で歩いている。神楽も、昼食とスイカと、久々に卵かけご飯以外のまともな食事をしたせいか嬉しそうだ。

 

「ああ、そうだ新八。今日、飯食ってけよ」

「え? 今日ですか?」

「姉ちゃん居んのか?」

「いえ、多分もう仕事に行ってる時間と……」

「だったら良いだろ、別に。なぁ神楽、貰い物の素麺とめんつゆまだ残ってたよな?」

「めんつゆは少ないはずネ」

「あーそうだっけか。んじゃ、買い物して帰るか。金も入ったし」

 

 ダラダラと気だるそうに歩く銀時の脇を、新八と神楽が続いた。帰り掛けに寄ったスーパーでは、めんつゆと銀時のいちご牛乳、神楽が駄々を捏ねて2つだけな、と銀時に言われ買い物カゴに入れた酢こんぶを買って帰った。

 

 家に着いた新八は、今日は俺がやるから、と銀時に台所から追い出されてしまったので仕方なく干していた洗濯物を取り込んで片付けた。

 

「今日は珍しいな。銀さんが自分から食事の準備なんて」

「男には台所に立ちたい日ぐらいあるネ。察しろヨ、新八」

「いや、神楽ちゃん……言ってることまともそうだけど、全然意味わかんないからね」

 

 そうめんを茹でるだけなのであっという間に夕飯の準備は完了し、銀時が大鉢にそうめんを入れて居間に戻ってきた。ホラ、伸びねーうちに食え、と気だるそうに二人に声を掛けると、銀時はぼんやりテレビを眺めながら黙々とそれを頬張った。そうめんが入った鉢の隣には、今日の以来先で貰ったきゅうりの浅漬けも皿に盛り付けられていた。ひとつ摘まむと、塩加減が絶妙でついもうひとつ、と箸が進む。そうこうしていたら神楽が全部食べてしまいそうなので、新八は急いで銀時に続いてそうめんを食べた。

 

 ひとしきり食事を終えると、いちご牛乳、と言いながら銀時が台所へと消えた。大の大人が食後によくあんなもの飲めるな、と思っていると、戻ってきた銀時の片手には大皿に乗せられたホールケーキがあった。

 

「銀さん、どうしたんですか。これ」

「……お前、もうすぐ誕生日だろ。神楽がどうしても誕生日ケーキ食いたいって言うし、……」

「それ言ってたのは銀ちゃんアル。勝手に人のせいにするなヨ」

「俺はケーキに乗っかったイチゴと生クリームが食いたいって言ったの。ケーキ食いたいとまでは言ってませんー」

 

 神楽と口喧嘩しながらどかっとソファに座ると、銀時はケーキを小分けに切り出した。俺は年長者だし一番背高いからこのイチゴと生クリーム多いやつな、ズルいね銀ちゃん、などと二人がやり合うのを尻目に、新八はふっと笑みを洩らした。誕生日の祝いだというのに、まったく祝う気がないところがこの二人らしい。それでも近づいてくる誕生日のことを少しでも気遣ってくれたことが嬉しかった。二人がケーキを取り合っているのに加わりながら、新八は嬉しさで胸がいっぱいだった。

 

 

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