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 【真選組】

文:織 絵:あお

 

 

 

 「なぁ知ってるか?監察の山崎さん、張り込みの時アンパンしか食わねぇって話」
「あー知ってる。なんでも張り込みと言ったら”アンパンと牛乳と決まっている!”とか言って他の食品は一切口にしないんだってな」
「そうそう。例えそれが一週間、一ヶ月と長期に渡ろうとも……絶対俺には無理」
「仮に好物でもいいからって言われても一週間同じもの食べ続けたらおかしくなるよな。すごい通り越して頭おかしいでしょ」
「実際頭可笑しくなったみたいだぜ」
「えーそれまじかよ!」
「まじまじ。大事にはならなかったけど監視対象を見失う失態を犯しちまったんだってよ」
「おいおいそれ大丈夫なのか?副長カンカンだったろうに…」
「その副長自らこの話を口止めしたらしいから大丈夫なんじゃね?」
「え、じゃあ今の話やばくね?」
「あ……」
「アホー!」
「ここだけの話な!……ま、なんにせよきちんとした食事なくしていい仕事はできないって話だよ!」
「ったく……そういや今日の日替わり定食なんだっけな……」
「アジフライに冷奴だったかな」
「うー想像してたら腹へってきちまった」
「ハハハハ」



真選組屯所の一角。
比較的構成メンバーの中では若い二人の隊士は人気がないことをいいことに、世間話に興じていた。
隊内の小ネタから広がった話は次第に食事の話になり、自然とその若い二人の隊士の腹を鳴かせた。
その音に若い二人の隊士はゲラゲラと笑い仕事に戻っていく。
そんな腹の音を聞き取れるくらい近くに、真選組副長である土方がいたことも気づかずに。

「あの馬鹿…四番隊の持田だな……厳重注意は必至だな」

はぁ、と溜息を一つ零して土方は立ち上がる。
盗み聞きをするつもりはなかったが、この人気のない一室で書類を読むのに集中していた為隊士の接近に気づくのが遅れてしまって。
結果、会話を途中で遮ぎらせて出て行くのも気不味く思い、二人の雑談をBGMに通り過ぎていくのを待つことになってしまった。
そしてその内容は運悪くも副長の立場としては聞き流すことのできないものだった。

「後で個別に呼び出して……相方は田島か、そっちにも口止めを……ったくめんどくせぇな」

確かに山崎の件に関して緘口令を出したのは自分なのだが、内容はとても馬鹿馬鹿しいものもあって、できれば何事も無くひっそりと記憶から薄れていけばいいな、と思っていた。
が、人の口に戸は立てられない。
記憶が薄れていくどころか噂話として広まろうとしている。

「アンパン食って幻覚見て仕事ミスしました、なんてことを隊内に広めちゃいけません、なんて注意するのもアホらしくて涙が出てくる……」

はぁ、ともう一度土方は溜息を零し部屋を後にした。
行き先はもうすっかり元気になってこの屯所の何処かでミントン―もといバドミントンの練習―もといサボっている件の人物の元へ。

数分後屯所に響いた悲鳴は昼を告げる時計の音と重なり、飯だ飯だと浮き立つ隊士たちのざわめきに霧散して消えていった。





「張り込み……ですか?」
「あぁ。対象は唐沢玄兵衛、歳は47、ほんの僅かだが攘夷戦争に参加していたらしい、という男だ」
「らしい?」


八つ当たりに落された拳と共に下された命令は、再び山崎退を張り込みの任へと就かせるものだった。
殴られた頭を摩りながら土方の言葉を聞き漏らさないように耳を澄ませる。
すると張り込む際は事前に対象の大まかなプロフィールを調べておくのだが今回その唐沢という男の情報に曖昧なところがあった。
もちろん何もかも正確にわかることなど無いのだが、曖昧なところが山崎には妙に気になった。

「時代が時代だったからな、この唐沢って男も戦場に行ったみたいなんだ僅か数日で戻ってきたんだそうだ」
「怖くなったとか?」
「かもしれない……当の本人が帰ってきた時何も喋らなかったみたいで当時唐沢の近くにいた者達はそもそも戦場に行ってないんじゃないかという話まで出たらしい」
「それで”らしい”なんですね……で、どうしてこの男が張り込みの対象に?今更テロリストに?」

それなんだが、と土方は短くなった煙草を灰皿に押付け消しながら言う。
そして再び新しい煙草に火をつけるのを見るかぎり、長い話になるのかと山崎は居住まいを正す。
少し間が開いた後、土方は資料を片手に話を続けた。

「今度オランダの外交官が江戸に来るって話は知ってるか?」
「知ってますよ。テレビでも話題になってましたし。確か……クラウン……」
「クラウス・ヤンセン。この手の役職にしては若い46歳……まぁ今回は天人、特に天導衆との会談もあるみたいだから柔軟性のある奴を選んだんだろうが…」
「うわー国を背負って更に天導衆と会談?鋼の精神力っすねー……」
「同意見だ。まぁ兎も角そのクラウス・ヤンセンが来ることで攘夷志士に少しばかり動きがあった」
「動き?」

再び山崎が疑問を挟むと、土方はあぁ、と答えて煙草を咥えた。
部屋の空気が少し汚れていくのを感じながら山崎は土方の答えを待った。
また幾らばかりか間が開き、話は昔の事件を混じりながら語られた。







昔、といっても30年前位か。
攘夷戦争が始まったばかりの、宇宙どころか海外にも鎖国していた日本が天人に開国を迫られていた時だ。
その時一つの事件が起こったんだ。

ここで問題、鎖国中でも貿易を続けていた国は何処―って早いなオイ……まぁそのオランダだ。
そのオランダは、これもまぁ知ってるだろうが長崎の、そう出島……山崎オメー歴史好き?竜馬伝見て勉強した?やめろ世界が崩壊する!

……コホンッ、まぁその長崎に貿易の為オランダ人達が来た。
勿論日本が天人に開国を迫られていることは知らないままに。
そして運の悪いことに偶然天人も日本全国の調査の為に長崎に立ち寄っていた。
無論例外も無く出島も調査対象に入っていてな……。


「何の情報もないまま突然顔を合わしてしまったんですね……」
「予想はついていると思うがオランダ人一行は皆パニックに陥った」


化け物だ!なんて恐ろしい!殺される!死にたくない!殺さなきゃ!
……恐怖は伝染し結果凶行に走らせた……気持ちはわからなくもねぇがな。
結果一人の屈強な船員が天人に立ち向かってしまった。
当時としては、いや地球人としては最新の短銃を持って。
そして、撃った。

そして飛び出た弾は……運の悪いことは続くもんで、天人の一行には海が見たいと言って偶々ついてきた調査員の妻子に当たってしまった。
幸いなことに急所にはいたらず命に別状はなかったが、大怪我にはなってしまった。
それにより今度はそれまでパニックになるオランダ人一行をどうするでもなく見守っていた天人調査員達が怒り狂った。
あとは悲惨なもんだ……圧倒的な力の差ってのを見せ付けられながらの虐殺だ。
何が悪かったと言ったら運が悪かったとしか言いようの無い事件だな。

そしてこれにより天人の襲来は地球全体に広まることになる。
事件の当事国になってしまったオランダは一旦日本との貿易を無期限に止め様子見に入った。
それに習って、他国も日本に対して大きな行動には移らず静観することにしたそうだ。
後からわかった話だが天人がこなければその他国とやらが日本に開国を迫っていたそうだ。
どちらにせよ日本にとっては転換期だったんだろうな……。

話がズレたな、戻すぞ。
事件後日本は調査員の妻子を怪我させた責任を取って開国の際不平等な条約にサインすることになった。
なんで日本がって思うだろ?勿論幕府も日本国民がやったことじゃないからと責任を逃れようとした。
だが天人にとっちゃ日本も海外も一緒くたにして地球人だからと許さなかった。
調査員の妻子を傷つけたのはオランダ人じゃない、地球人だってな。

そんなこともあって日本は不平等な条約を抱え宇宙に開国し、一応ついでに海外にも開国し現在に至る、ってとこだな。





「はー……そんなことがあったんですね……」
「あぁ、幕府がこの事件を広めるのをよしとしなかったから、国民の殆どは知らないだろうな」
「なんというか、土方さんも言ってましたけど不運としか言いようが無い事件ですね」
「そうだな」

カチリ、と音がして土方はいつの間にかの口に咥えられた新しい煙草に火を灯している。
土方の話が一段落ついたのを察して、山崎は開け放たれた障子の向こうに広がる空を見上げた。
そこには今日もどこぞの空の向こうからやってきた天人の乗る宇宙船が我物顔で飛び回っている。
天人がこなかったら、きたとしても日本じゃなかったら。
もしもの話をしても意味が無いことはわかっているが、考えてしまうのは止められなかった。
今聞いたばかりの悲惨な事件も起きなくて、攘夷戦争も起きなくて、空はもっと広く自由で。

「真選組も、結成されない場合もあったのかもな……」
「なんだ?」
「いや、なんでもないです」
「ぼけっとしてたら張っ倒すからな」

ジロリ、と音までついているような鋭い眼光が山崎に向けられる。
今の言葉が冗談ではなく本当に実行されるものだということは山崎には充分骨身に染みてわかっているので、少し緩んだ姿勢を再び正す。

「それで、その事件以降静観を決め込んでいたオランダがとうとう動き出したんですね」
「動き出さざる終えなくなったといったところだな。海外では経済に情勢に何もかも悪化しつつある」
「天人の技術は喉から手が出るほど欲しい……」
「一応天人の技術や知識は海外にも伝わっているみてぇだがやはり交流がないのは痛いみたいだな。日本と違い技術進化も発達はしているが緩やかなもんだ」
「わが国じゃ科学に医療に農業に、それはそれは目まぐるしい程の技術進歩でしたもんねぇ」
「それに天人も新たなターミナルの候補地探しに苦労しているみたいだから、タイミングがよかったんだろうな」
「利害の一致……天人の技術力で行われる戦争が始まるのも、時間の問題ですね。ヤダヤダ」
「攘夷戦争なんて目じゃねぇ大戦争だ。ま、天人にとっちゃ地球規模の内乱扱いなんだろうがよ」
「うへぇ……こうなると益々そのヤンセンって人の立場に同情しちゃうなぁ。自分の一言で地球の運命が決まるようなもんだ」

山崎は以前お昼のワイドショーで見たクラウス・ヤンセンの顔を思い浮かべる。
まだ若々しい風貌にキリリとした未来を見据えた眼差しは、これから戦場へ向かう武者のようだった。

「安心しろオメーには縁のない世界だ。……そのクラウス・ヤンセンだがもう一つ同情しなきゃならねぇ案件がある」
「もう一つ?」
「俺達としてはこっちのが本題だな。さっき言ったようにヤンセンが日本に来ることによって攘夷志士が動きを見せた」

--内容は、ヤンセンと内密での接触--

「攘夷志士も天人と同じくヤンセンに会いたがっている……?」
「攘夷志士の中には海外と手を組んで天人と対峙した方がいいと考えている者がいる。日本という国だけを統べている幕府より、地球全部を統べる者の方が天人と渡り合うのに相応しいのではないかってな」
「世界征服みたいな?古いなー安っちい特撮ドラマでもその設定使わないですよ」
「本人達はヒーローのつもりだろうけどな。そしてその思想を持つ者達……そうだな、異国と親しくしようとしてるから異親派とでも呼ぶか」
「ださい……「あぁ!?」なんでもないです続きをどうぞ!」
「ったく……その異親派を探っていると時折唐沢の名がでる」
「えぇ!?」

唐沢は攘夷志士ではないのじゃないか。
そう疑問を山崎が口にする前に土方が答えた。

「攘夷志士としての活動は見られない、がこの異親派の者達の何人かが既にこの唐沢に接触したという話はつかんでいる」
「……」
「そしてこの唐沢、2ヶ月位前からこの江戸に移り住んだ。そのちょっと前にクラウス・ヤンセンの来日も決まった」
「成る程……臭いますね」
「ってことだ。頼むぞ山崎」
「あいよ!」

一時間くらい話していただろうか、随分濃厚な時間だったと山崎は思う。
正座で少し血の流れの悪くなった足を気にしつつ立ち上がる。
土方は説明する際広げた書類を正している。

「細かい事は全部これに纏まっている。しっかり読んでおけ」
「へいっ。そうだ副長」

お昼はもう済ませましたか?と山崎が尋ねようとしたその時。



副長室の少し離れたところからドスドスと音を立てて誰かが近寄ってくる。

「トシーっ!お前お昼まだだろ一緒に……」
「近藤さん……一言声かけてから入ってくれと毎回言ってるだろうが……」

スパンッと音を立てて入ってきたのは、真選組局長の近藤勲だった。

「おおスマンスマン。ザキと話してたのか。仕事か?」
「えぇまぁ。今終わったところですけど」
「じゃあ飯行こうぜ!今日はアジフライだってよ!」
「知ってる。つか近藤さんそんなに好きだったか?」
「いやーなんか腹がフライ気分だったから偶然にもアジフライだったことが嬉しくてな」

はしゃいじゃった、と笑顔でいう近藤。
先程までの重い話題に沈んでいた空気が軽くなった気がする。
本当に太陽のような人だなと、影としての仕事をする山崎には眩しく思った。
土方も同じなのか、すこし目を細めてでもどこか慈愛を含ませた眼差しをしながら、よかったなと答えている。

「あぁ!さぁさぁ行こうぜサクサクジュワーな鯵ちゃんが俺らを待ってるぜー!」
「そんなに急がなくてもその鯵ちゃんは逃げな……そういや原田が徒歩巡回から帰ってきたばかりか、いなくなってるかも」
「えー!あいつ大食いだからなぁ……急ぐぞトシっ!」
「嘘嘘、危ないから走るなって……ってそうだ山崎」

近藤に引っ張られるままに歩を進めていた土方が振り返る。

「お前、今回の張り込みアンパン禁止だ」
「え゛」
「え、じゃねぇ。またこの前のことでもあってみろ!あんなアホみたいなことで緘口令なんか出したくねぇからな俺は!」
「そ、そんなー!」
「三食バランスのいい食事!これ命令!」

なんでもかんでもマヨネーズかけるバランスのいい食事とは程遠いもの食ってるあんたに言われたくない!
そんな山崎の心の叫びは口に出ることなく、揚げたてのアジフライと共に飲み込まれていった。


翌日、町民に扮した山崎は唐沢が住まいを構えている上野付近まで来ていた。
幾ばかりかの荷物と、大量のアンパンを持って。

「いくら駄目だって言われても、こればっかりは変えられないんですよ」

すみません副長、男山崎、張り込みの神様には逆らえないのです。
心の中で土方に謝罪をするも抱えたアンパンは決して手放さない。
あのアンパンの悪夢を忘れたわけではないのだが、これはもう張り込みとは切っても切れないものなのだ。

「いや決してキャラのアイデンティティーを気にしてるわけじゃないから、地味脱却を狙ってるわけじゃないから!」

何を言われた訳でもないが、つい違うからと手をぶんぶん振り否定する。
そして落ち着いたと思えば、でもできればもう一つ個性を付けたいかも……と俯いて呟く。

すると俯いたまま歩いたのが悪かったのか山崎は人とぶつかり、抱えていたアンパンを落してしまう。

「あっ」

またやってしまった、と焦り慌ててそれを拾う。
一つ、二つ、三つ。
すると頭上から声をかけられた。

「あぁすいません大丈夫ですか?」

どうやらぶつかってしまったらしい男性の声。
すっと手を出され、ありがたくその手をとって立ち上がる。

「あっこちらこそ余所見をしていてすみません、お怪我、は……」

ないですか、と尋ねようとしたがそれは適わなかった。
なんせそのぶつかった男性は昨日土方から貰った資料に載っていた写真の男。
唐沢玄兵衛、その人であったのだ。

「なんともありませんよ、それより荷物が……」

唐沢は山崎の言葉が止まったことに気が付かなかったのか、まだ散らばった荷物を拾おうとしていた。
山崎はそんな唐沢の姿をじっくりと見た。
接触してしまったことにまたやってしまった、と頭を抱えたがこの際しっかり観察させてもらうことにした。
唐沢は47歳と聞いていたが、それにしては随分と老け込んでいて、下手すれば60歳にも見えなくない。
体は細く、昔攘夷戦争に参加、してないかもしれないがとても刀を振っていたようには思えなかった。
一言で言えば、弱弱しいおじいちゃん、だった。

「あぁすいません、大丈夫です」

腰を曲げてアンパンの一つを拾おうとしている姿になんともいえない申し訳なさがこみ上げてきて、急いで他のアンパンを拾い集める。
すると。

「この、このパンを食べるのは君か……?」
「え?あぁ、そうですけど……」
「悪いことは言わない!こんなものを食べるのはよしなさい!」

唐沢がその細い体のどこから出しているのかわからないような大声で山崎に食い掛かる。

「え、いや、その」
「お腹が空いているのかい?それならこれを食べるといい。私が握った握り飯だ。若いのには味気ないかもしれないがこんなのよりもずっといい……!」
「ちょっと待って……!!」

山崎の制止を気にもせず唐沢はその懐から出した握り飯が入っているであろう笹の葉の包みを山崎に押付け渡した。

「よいか、これからもこんなものは食べないで、しっかりと日本で、地球でとれた米や野菜、魚を食べるんだ。いいね?」
「は、はい……」

有無を言わさせない迫力に、つい頷いてしまう。
山崎が頷いたことに満足したのか、唐沢は一度お辞儀をして、その場を去っていった。

「なんなんだ、あの人……」

とりあえず、唐沢の記憶にしっかりと残ってしまう接触をしてしまったことを副長にどう説明したものかと、山崎は貰った握り飯を抱え悩んだ。



あの後、土方に正直にすべてを話し対象者と接触したこととアンパンを食べようとしていたことへのお叱り(物理)を受けた山崎は一日延びて翌日から張り込みとなった。
一度接触してしまった以上決して見つかるわけにはいかないと、サポート役として佐々木鉄之助がついた。

「ちわーっす!山崎先輩!焼きそばパン買って来ました!」
「いや俺頼んだのアンパン……」
「アンパンは!副長が禁止しているので!駄目っす!」

鉄之助
は自他共に認める土方信奉者だ。
その土方からアンパンを与えるなという命令がきている以上鉄之助は頑に山崎の要望を受け付けないだろう。

「わかっている……わかっているんだがアンパンが、アンパンがたりない、アンパン、アンパンアンパン……アンパン?」
「や、山崎先輩……?」
「アン、パン……アンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパ」
「戻ってえええぇぇぇアンパンの海から戻ってくださいいいいいぃぃぃぃ」

壊れたアコーディオンのようにアンパンアンパンと呟き続ける山崎に恐怖した鉄之助が方を掴み強く揺する。

「は!!」
「ちょっと山崎先輩、昔の俺なんかよりずっとジャンキーっす……アンパン、駄目、絶対」
「ううぅ……」

鉄之助との張り込みは少々のトラブルがあったものの、三食しっかりとした食事のお陰かストレスも少なく順調に進んだ。



監視を始めて一週間と二日。
唐沢に動きはなく、一週間と三日目の暁を迎えようとしていた。

「……午前3時過ぎ……眠いっ」

歌舞伎町と違い夜はしっかり眠る住宅街。
静寂につつまれた町は静止画のようで、等間隔に立てられた街灯だけが不気味に浮き上がっている。
監視を鉄之助と交代して1時間やはり人間は夜眠るようにできているのか睡魔が襲う。
閉じそうになる瞼を気合で止め暗視スコープを覗き込んだ。

今日こそ何らかの動きがあれば、そう願わずにはいられなかった。


そんな山崎の願いが叶ったのはそれから更に三日後。
新月による暗闇が不気味さを引き立たせ所謂丑三つ時、午前二時過ぎのことだった。

「お疲れさん、交代の時間だよ」
「お疲れーっす、じゃあおやすみなさい」

その日も交代で睡眠をとりながらの監視で、山崎は鉄之助に一言かけて監視を交代した。
もうコーヒーの一杯や二杯で眠気が取れることはないが、ここは慣れと気合で眠気を吹き飛ばす。
暗視スコープは今日も調子良く暗闇をばっちり映していた。

「異常なし。唐沢もぐっすり寝ているんだろうなぁ」

山崎が愚痴る。
しかしその愚痴に交えた予想が間違っていたと気づいたのはそのすぐ後だった。

「……扉があいた……?」

静止画のような町の一角、唐沢の家の扉がひらいたのだ。
そしてそこから出てきたのはあの時ぶつかった唐沢本人そのもので。

「こんな時間に……漸く動いてくれた!おい鉄!鉄起きろ!」

急いで鉄之助を起こし真選組に連絡を入れることを頼む。

「……真選組、連絡……ふくちょぉ……」
「寝ぼけてんの!?もうしっかりしてくれ!俺は唐沢を追いかけるからな!」

少々心配だが鉄之助をおいて唐沢を追いかける。
静寂故足音の一つでも聞かれたらまずい。
追跡は慎重に慎重を極めた。

「へへっ俺の見せ所ってね」

誰にも見せられない、誰にも見られちゃいけないこの姿が山崎の最も輝く姿であった。



「六番隊、準備できました」
「よし、クシャミ一つすんじゃねぇと伝えとけ」
「わかりました」

山崎の活躍により無事唐沢の行き先が判明し、その報はすぐに真選組に知らされた。
そして運がいいことに山崎が指示を待つ間に攘夷志士と思われる数名の浪士もやってきた。
山崎の視線の先には小さな旅籠。
続いた報告から土方はそこで会合が行われると判断し、一気にそこで一網打尽にすることを決めた。

土方と山崎、鉄之助、夜勤だった六番隊隊長井上源二郎率いる隊士達。
少数精鋭で静かに、素早く片を付ける目論見だ。

「そうだ鉄」
「はい!」
「おめーに一つ頼みがある」

土方は鉄之助にひそひそと何かを言って、行けとばかりに鉄之助の尻を蹴った。
鉄之助は何か言いたそうな顔をしていたが、その場を離れ闇に消えていった。

「井上」
「はい」
「5分後突入する。遅れんなよ」
「ふふ、まだまだ副長に遅れをなすほど歳をとっちゃいないですよ」
「……そうか」

そして時間通りに、突入が始まる。
山崎の鍵開けにより唐沢一行に気づかれることなく屋内に入る。
土方が井上に目で合図を送ると二人は二手に分かれた。
井上は旅籠の者が騒がぬように、土方は唐沢を押さえに。
そして静寂は土方の名乗りと共に破られる。



「真選組だ!おとなしく縛につけ!」

襖の向こう、密会の為か明かりは蝋燭だけで。
それを囲むように数名の浪士が座っていた。

突然の真選組に驚いた浪士たちは慌てて立ち上がり刀に手をかけようとするが、土方の背後から続々と入ってきた六番隊の隊士達に次々に捕縛されていった。
捕まった浪士達は次々に罵倒の言葉を並べ立てる。

「ちくしょう!幕府の犬が!」
「それもう聞き飽きた」
「え、あ、税金泥棒!」
「嫌な奴思い出しちまった、こいつ切っていい?」
「えぇっじゃっお前ん家おっ化け屋敷ー!」
「かんたあああぁぁぁ!」
「土方さん……」
「あっすまん」

聞き飽きた罵倒につい正直な感想がもれてしまったのだが、浪士の一人が思わずそれを拾い乗ってしまった。
ジ○リを持ってきたのにはマルをあげてもいいかと土方は心の中で思う。
そんな土方の意外な茶目っ気な部分を呆れながらも少し微笑ましく思い井上は土方を眺めた。

「副長」
「山崎」
「唐沢が……」
「どうした逃げられたか」
「いえ、他の浪士が立ち上がって抵抗するなか、唐沢は身動きせず……今もそこに座ってます」

あそこ、と山崎が指差すそこには、壁に凭れ掛かり手酌で酒を飲み続けていた。
いくら速やかに捕縛されていったとはいえそこそこの騒動があった。
その中で逃げもせず隠れもせず静かにそこにいた唐沢に、土方は興味を持った。

「唐沢、玄兵衛だな」
「いかにも……貴方は真選組副長の土方さんですね。……そして後ろの青年は二週間前に会った」
「そうだ。あれはうちの監察でね。悪いが監視させてもらっていた」
「はは……なるほど、なるほど……握り飯は、美味しかったかい?」

唐沢は土方の向こう、山崎に問いかけた。

「えぇ、とっても。塩加減といい中の青菜といい、美味しいとしかいいようがないです。ごちそうさまでした」
「そうか……青年。その握り飯のようにいいものを食べなさい。地球には綺麗で美味しいものがたくさんある」
「……あなた攘夷志士ではないですよね?どうしてこんなところにいるんですか」

山崎はあの握り飯の味を思い出す。
素朴で、綺麗で、美味しかった。
あの握り飯を作った手で、テロを起こすとは山崎にはとても思えなかった。

「そうですね……攘夷志士じゃないと言えば違うといえます」
「……」

土方は唐沢を止めず、山崎に話し相手になれと場所を代わった。

「私はね、若い頃あの戦争に参加した。……いや見にいったと言ったほうが正解か」

唐沢は見えない月を仰ぎ見てつらつらと喋り始めた。



若気の至りと言うのか、当時はみんな刀を手に戦場に行った。
私もその一人だった。
でも、それが間違いだった……。

戦場は醜かった、気持ち悪かった、ただただ嫌悪感が溢れ出た。
異形の者達がそこかしこにいて、大地を踏み荒らし、息を吐いて、排泄をしている。
そう考えて私は頭が狂いそうになった。
そして私の仲間が一人の天人を切った。
目の前にいた私はその血を浴びた。
酷い酷い悪臭を放つ、緑色の血だった……。

私は逃げた。
天人がいないならどこでもいい。
天人のいないとこで大地に寝転がりたい、息を吸いたい、食物を食べたい――!

でも駄目だった……気が付けばどこにいっても天人がいる。
私はそれでもどうにか天人と会わずにすむところに逃げた。
遠くの地方の田舎で。
そこは天人も滅多に来なくて私の心は平穏だった。

だがそれもすぐに幻だったと気が付いた。
天人の技術で流通が安定し、色々な物が田舎にもくるようになった。
食べ物だって種類が増えた。
山なのに海の食物が新鮮なまま届いた。
遠くの土地の収穫物も届いた。

でもそれは天人がいるところで育ったのではないかと思うと……私は食べられなかった。
天人が踏み歩いた土地で作られた作物?天人が使った水が流れた川や海で取れた魚?
気持ち悪くて、仕方なかった。

それ以来自分の家で育てた野菜や米しか口にいれてない。
馬鹿だと笑いますか?
でも本当に気持ち悪いんですよ、本当に、気持ち悪くて嫌で嫌で!

 

そんなある日でした……今貴方達が捕まえた浪士達が来たのは。
どこから聞いたのか私が天人を酷く嫌悪し排除していると知って手伝って欲しいと。
最初は断りました。
天人に関るなんて御免だと。
でも話を聞いたら……彼らは、オランダと手を組みたいそうです。
知ってますか、そうですよね。
オランダと手を組み、更に海外の人たちの力を借りて天人を排除していく。
それが彼らの目指す未来だったんです。
私は思った。
彼らの話に乗って海外に行けたら、と。
幸い生まれが長崎でして、蘭語には少々通じてましてね。
海外なら天人は殆どいないし、残りの人生を向こうで過せたらと思ってしまったんです。


そう語った唐沢は、力なく笑い、俯いて喋らなくなってしまった。
その姿は山崎が最初に会った時よりも更に年老いて見えた。

天人が来なかったら、きたとしても日本じゃなかったら。
もしもの話が再び、山崎の頭によぎった。

「きっと、あの青菜のお握りは食べれなかっただろうな……」
「山崎っ」
「は、はいよっ」

気が付けば唐沢は隊士に抱えられ部屋を後にしていた。
土方もまた撤収を始めていて。
山崎は慌てて後を追った。

こうして、この事件は幕を閉じた。



「ふぇ……ふぉんはほほははっはんは」
「すいません殆ど何言ってるかわからないんで取り合えず口の物飲み込んでから喋ってくれません?」
「ふぁい」

土方、山崎、六番隊の面々が屯所に戻ったのは朝7時過ぎのことだった。
まだ現場検証など残っているがとりあえず夜勤は一旦帰ったほうがいいということで交代して戻ってきた。
眠気と空腹でヘロヘロになった山崎一行を迎えたのは大量の握り飯と、まだまだ握り続けていた鉄之助だった。
土方が捕り物の前に鉄之助を帰したのはこのためだった。

「帰るまでに六番隊達の飯を用意しておいてやれ」

土方は皆が朝方ヘロヘロになって帰ることを見越していたのだろう。
そして鉄之助は土方の言うとおり大量の握り飯でもってその任務を全うしたのだ。

「つか局長捕り物参加してないのになんでここで飯食ってんですか」
「いやー昨日とっつぁんとオールだったもんだからさぁ!腹に酒しか入れさせてもらえなくておなか空いちゃってたんだよね!」
「この人俺らが頑張ってるときキャバクラ行ってやがったよ!あっでも俺ら以上に命の危険に晒されてるからいいのか!?」

がははと笑う近藤の顔にはキャバクラで殴られたらしい痛々しい痣がくっきりとあった。

「なんでィ土方のヤローこそこそ面白いことしていやがって、タバスコ入りお握りつくってやろ」

ひょいっと現れて近藤の横にあった握り飯を奪ったのは一番隊隊長沖田総悟だった。
その手元では真っ白だった握り飯が真っ赤に染まっていく姿が。

「こら総悟!食べ物で遊んじゃいけません!」
「大丈夫でさァ。責任とって土方さんが食べます」
「食わねぇよそんな劇物!」

ゴンッという鈍い音と共に来たのは土方。
音は沖田の頭上に落された拳の音だ。

「いってぇな土方コノヤロー!」
「うっせぇオメーがいけしゃあしゃあと俺にその劇物の処理を任すからだろうが!」
「こらこら二人とも!食事中は静かにしなさい!もー!」

毎度おなじみの3人による騒動、もといコントを横目に山崎は鉄之助の握った握り飯を取る。
少々不恰好だがよくできている。

「ほらほら三人とも、早く飯食べちゃいましょうよ」

はい、と持った握り飯を三人の前に出す。

「ちっ……」
「サンキュー!」
「つか山崎手洗った?」

三者三様。
とりあえず山崎は洗いましたよと言って持っていた握り飯は沖田に押付けた。
沖田は複雑な顔をして握り飯を眺めている。

「しっかしその唐沢って人も可哀相だよな。こんなに上手い物が世の中には溢れているのに」
「天人に嫌悪しすぎるとあぁなっちまうんかね……そう思うと一般攘夷志士の天人に対する嫌悪感は大したことないのかもな」
「土方さんみてぇにがさつなんじゃないですかィ?」
「んだとごらぁ」
「もーまたすぐケンカして!」
「だって近藤さん、土方さんはその唐沢ってのがただでさえ嫌がる食材を更に犬の餌以下にしちまうんですぜ?それをがさつと言わずになんと言うんですかィ」
「うーんそれもそうか」
「そこ納得すんのかよ!否定してくれよ!あと餌以下って前より悪化してんじゃねぇか!」

ぎゃんぎゃんと言い争いは続く。
その後ろで鉄之助がまた新たに握り飯の山を持ってうろちょろしている。
どんだけつくったんだろうか。
そして更に食堂のおばちゃんが出勤してきたおかげで握り飯に合う汁物が作られているのが香りでわかる。
気持ち悪いことなんてなんもない、そこにあるのは美味しいものと、食欲だけだ。

「は、もういい加減にしてください!ほら局長も副長も!」

山崎は握り飯を両手に掴みそれぞれを近藤と土方に押付けた。
二人は落してしまわないようそれを受け取る。

「それではご一緒にー」
「え、なに」



「いただきます!」

「「「い、いただきます!!」」」



 

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