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 【武州】

文:柚葉 絵:月乃

 

 天人が侵略と共に持ち込んだ文化は江戸を中心として世界中に広がった。

武州の片田舎にも着々と今までになかった風習が広まり、新しい物好きの人々はそれに飛びついた。
そしてここでも一人、影響を受けた男が喜々として
「ぴくにっくってモンをやってみねえか?」
と言い出した。


何の気なしに村の連中に聞いた話だが、天人には家族でお弁当を持参し野外で食べる風習があるらしい。
皆でわいわいお弁当を囲む姿はなんとも楽しそうで、俺もやってみたくなった。


「...で、なんで俺らなんだ」
「いいじゃねえかトシ!きっと盛り上がるぞ」
渋い顔のトシを説得していると、

「土方さえいねーならやりてェでさ」
「俺だっててめえがいるならなおさらやりたかねェよ」
「やめろトシ!総悟も!」
総悟がいつもの憎まれ口を叩いて喧嘩が始まってしまった。

そんな二人を止めたのは、私は賛成!というミツバ殿の鶴の一声だった。



ミツバの賛成もあって決行することになった「ぴくにっく」だが、それ自体はまあ悪くないと思う。
クソガキは俺が邪魔だと文句を言っていたが、皆で食べるってのも悪くない。
ただし。
「各自手作りの物を持ち寄るってのはないだろ...」

あの後近藤さんとミツバが盛り上がり、気付けば一人一品食べ物を作ってくることになってしまっていた。
それも一人で。
「そーちゃんは私と、十四郎さんは近藤さんと同居してるけど、相談も協力もだめよ」
「そうだぞー!当日までのお楽しみだ!」

「料理なんかしたことねェよ」
「俺だってまだ子どもでさ!」
俺はもちろん、普段子供扱いを嫌がる総悟も必死で拒否したが二人に弱い俺たちは結局押し切られてしまった。

自分でもできる外で食べられる物を思案していると、ふと懐かしい人を思い出した。
確か引き取られてすぐ、ご飯をあまりもらえていなかったころ。
近所の河原で空腹を持て余していた自分にあの人が差し出してくれたのは。

「アレしかねえか」



姉上と近藤さんと楽しくご飯ならいいけれど、アイツがいるのは気に食わない。
何が一番気に食わないって、ご飯を作らないといけないこと。

アイツは多分こういうのは不器用だから問題ないけれど、万が一上手かったりしたら絶対自慢される。
それどころか姉上がアイツをさらに気に入ってしまうかもしれない。
「ガキの俺に勝ち目なんて...」

そんな時、ある考えが浮かんだ。
美味しさとか綺麗さも大事だけど、外で食べるなら便利なのが一番なはず。そうやって「気配りのきいた」料理を持って行けば勝てるかもしれない。

「よっしゃ!いっちょやるかィ」



近藤さんの話を聞いて、すごく楽しそうで思わず皆で持ち寄るなんてルールまで作ってしまった。
一通り料理は出来るけれど、どういうものにしようか。
「玉子焼き?ウインナー?唐揚げ?」

どれもピンとこない。
お弁当と言えばこんなものだけど、今回は皆が作ってくるから、
「私がおかずを作り過ぎたらだめね」
誰の分も残らず、完食するためには。

それに食べ終わったらあの人たちはきっとそのまま野原で遊ぶから。遊んだ後にも軽く食べられるものといえば。

「これできまりね」



なんだかんだで決定したぴくにっく、調子に乗って提案したはいいが。
「俺も料理できねえんだった...」
自分の手を見ると料理には不向きなゴツゴツとした大きな手。見た通り細かいことは苦手だ。

「料理は愛情って言うもんな!」
持ち前のポジティブさで出来栄えは気にしないことにし、とにかく食べられる物を考える。簡単でなおかつ愛を込められる物は...

「これだ!!」



そして当日。全員風呂敷に作った物を隠して道場に集合した。文句を言いながらもちゃんと作って来てくれた二人の頭をガシガシと撫でる。
痛い痛いと騒ぎながらも笑顔を浮かべるこいつらを見てミツバ殿もクスクス笑っている。

そうして河原に到着した俺たちは川のすぐ横の石に腰掛け、各自目の前に風呂敷を置いた。心なしか緊張にも似た思いを抱きつつ、まずは自分から!と包みを開くと目を丸くする三人。
「じゃじゃん!いさおむすび!」

驚いた顔のまま固まった三人の反応の無さに不安を覚え思わず自分も黙ってしまった。沈黙を破ったのはトシの笑い声だった。
「くっ..はっははっ!」
「えっどうしたトシ?!」

嘘だろおい、と肩を震わせながら開けられたトシの風呂敷の中には
「俺も握り飯作ってきたんだよ」
自分のとはまた違うおにぎりが入っていた。

すると総悟が突然、涙を流さんばかりの勢いで笑っているトシの髪を引っ張りふざけんなバカ方!と怒り出した。まさかと思い風呂敷を開くと、
「なんで俺のパクんだ土方コノヤロー!」
これまた違ったおにぎりが顔を出した。

「それにしてもおにぎりばっかりだな...」
「食いきれんのかこれ」
「4分の3がおにぎりの昼飯って中々ねェですぜ」
などと喋る俺たちに

「ごめんなさい...実は」
と切り出したミツバ殿は申し訳なさそうに風呂敷に包まれたおにぎりを取り出した。さすがに俺たちのとは比べものにならない綺麗なおにぎりだったが、同じことに違いはない。

「おいまじかよ...」
「これ、俺たち米になるんじゃねェのか」
「ごめんなさい、おかずにすれば良かったわね..」
「あ、姉上は悪くありやせん!」
呆然としていた俺たちはしばらく黙り__同時に吹き出した。

「いくらなんでもこれはねェ」と笑うトシの不器用ないびつなおにぎり。
「すぐお腹いっぱいになるわね」と微笑むミツバ殿の綺麗な優しいおにぎり。
「同じこと考えてたんですねィ」とどこか嬉しそうな総悟の小さくて丸いおにぎり。
そして、誰よりも大きな声で笑う俺のでっかいおにぎり。

みんなで食べて、遊んで、お腹が空けばまた食べて。素敵じゃないか。これが"ぴくにっく"の醍醐味なんだろう。さあ声を合わせて、

「「「「いただきます!」」」」

 

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