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 【万事屋】

文:からし 絵:モカ

『食えば大体のことは解決する』

 

「知りませんよ!もうこんなとこ二度と来ませんから!!今までどうもありがとーーーございました!!!!」
「お望みどーーーり出てってやるヨ!もう銀ちゃんのくっさい加齢臭かがなくてすむかと思うと清々するネ!!!」
敷居から外れんばかりに勢いよく戸を開いた新八と神楽は足早に階段を降りると互いにくるりと背を向けて歩き出した。
「あーーーー!どうぞご勝手に!!うっさいガキがいなくなって清々しいわ!!」
その背中を押すように部屋の中から銀時の大声が振ってきた。
何が原因だったのかなどもはやどうでもいい。ちょっとした仕事のミスとか懐の入り具合とか、ご飯の量だとかそんないつもの他愛のない言い合いから始まったはずだ。
それが日々のストレスなのかなんなのかは分からないが三人が三人とも収まりがつかなくなり仲裁の手も望めず加熱して、やがて爆発した。

まだ日の高いうちに帰ってきた新八は驚く姉を尻目に道場に飛び込むと竹刀を握り締め素振りを始めた。
無心になりたかった。ただひたすら腹にたまった怒りを吹き飛ばすように竹刀を振り続けた。
一振り、二振り、腕がしびれ肩が上がらなくなっても竹刀を振り続けたが、残念なことに怒りはまったく収まらなかった。まだ胸の内側でブスブスと燻っている。
体が汗まみれでスッキリするどころか気持ちが悪い。
汗を流そうと熱い湯につかってみた。大きな声が出るほど気持ちがいい。だけど体が慣れてくるとまた燻りが蘇ってきた。

「…たく、なんだってんだよ」
それからも部屋に戻りお通ちゃんのCDでガンガンに歌って姉上にどつかれたりしてみたけれど一向に気持ちは収まらなかった。
布団の中でも気持ちは燻ったままでまるで寝付けない。
「なんだよ二人とも!いつもいつも自分ばっかで人の話を聞かないで、面倒なことはみんな僕に押し付けてそのくせメガネメガネって人がいないみたいに扱いやがって!
僕がいなきゃあの部屋ゴミ溜めじゃないか!」
ブツブツと一人呟いてみても気持ちは晴れず眠気もやってこず、気がつけば夜が白々と明けていた。
「……最悪だ」
疲ればかりが残る体を起こして新八はため息をついた。
今日はもう万事屋に行く気はない。いや、今日だけでなくもうこの先ずっとだ。もう二人の顔なんか見たくもなかった。
新八はそう思うと体を思いっきり布団に投げ出した。しばらく布団の中でゴロゴロ寝転んでみたが相変わらず眠気はやってこず、仕方なく身を起こした。

外の空気でも吸えばちょっとは気がまぎれると思い新八は散歩に出かけた。
人通りも徐々に増え、店もパラパラと開き始めている。町に活気が出てくるとなんだか自分まで元気になってくる気がした。
と、突然もちの焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐった。見てみると行きつけの団子屋が軒先で団子を焼いていた。
「お団子、美味しそうだな」
姉の用意していた朝食をそのまま残してきた新八はそこではじめてお腹が空いてることに気がついた。匂いにひきつけられるように店に近づくとケースに並んだ団子を見下ろしす。
つやつやな照りのみたらし団子と滑らかなこしあんの乗ったあん団子が仲良く並んでいる。値札を見るとあん団子のほうがちょっとだけ高い。
いつも銀時たちと来るときはみたらしばかりを食べていた。だが銀時はひとりで来てはコッソリとあん団子を食べているのを新八は知っている。
「まったく、あの人は本当に大人げないっつーかなんつーか…僕だってあん団子食べたいのに」
自然と頬が緩むのに気づき、新八は慌ててその気持ちを吹き消した。
「そうだよ!もう銀さんなんて関係ないんだから好きなだけ食べてやる!みたらしだろうがあんだろうが遠慮なんていらないからね!うん、」
なんとなく腹立たしさが蘇ってきた新八は大きく胸を張ると店の親父に向かって声を張り上げた。
「すみませーーん!みたらしとあん、10本ずつくださーーーーーい!」


「もっとゆっくりしていけばいいのに。私はお勤めがあるけど、城の者には言っておくから…」
「いいネ。一晩ご厄介になっただけでも助かったネ。いっぱいご馳走ありがとね」
江戸城の門の前で心配そうなそよ姫に神楽はニッコリと笑って見せた。

万事屋を飛び出してから神楽は宿を求めて、だめもとでそよ姫を尋ねると姫は快く受け入れてくれた。
銀時の元ではとても口に入らないご馳走をたらふく食べ、じいやに咎められながら夜遅くまでそよ姫と遊んだ神楽は上機嫌だった。
布団に入るまでは。
眠れなかった。さっきは楽しくて忘れていたことが次々に頭に浮かんできて眠りを妨げた。
「あいつらほんっとにむかつくアル。私がいなかったら依頼の半分もこなせないくせに生意気ネ!」
口を布団で押さえてどうしても漏れてくる愚痴を姫に聞こえないようにする。姫が時折モゾモゾと寝返りを打つたびに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ゴメンね、そよちゃん…」
いつまでもここにはいられない。明日からどうしよう。それが思いつかずに神楽は布団に顔を埋めた。

一夜が明けて大量の朝食を平らげたあと神楽は城を出た。そよ姫はああ言ってくれたものの姫には姫の役目があってずっと神楽に構ってはいられないのを知っている。
「あーあ、これからどうしよ…」
下をむきながらぶらぶらと歩く。お腹はいっぱいのはずなのに何かが物足りなかった。胸の内とも腹の底ともつかない、体の中身がなんだかひどく虚ろだった。
「なにネ…?なんだろ?何か美味しいものを詰め込めば埋まる気もするけど……それってなんだろ?」
そんな取り留めのないことを考えながら街まで行くとちょうど店が開き始める時間だった。活気が出始めた町はそれだけで気分を明るくしてくれる。
神楽はモヤモヤした胸の内がちょっとだけ晴れた気がした。
「酢昆布でも買おうかな」
そう思っているとふと暖かい空気が頬をかすめ、同時になんともいい匂いが漂ってきた。見てみると先日開店した大人気の豚まんの店が蒸篭を開けたところだった。
「大江戸豚まんアル!食べてみたかったんだよなぁ」
神楽はひきつけられるように店に近づいた。いつもは長蛇の列で諦めていた豚まんが今は独り占め状態だ。
「うわぁ、やっぱりでかくておいしそうアル……」
「だろ?出来立てで超うまいぞ!どうだい?今ならサービスしちゃうよ!」
滴り落ちそうなよだれを飲み込みながら見つめる神楽に、店のおじさんがニッコリと笑って見せた。
「マジでか?じゃ、おじさんこれ十個…いや、二十個おくれ!全部私が一人で食べるネ!!」
「本当かい?じゃあ3個オマケしちゃうよ!ありがとよ!!」
「ヤッホーーイ!おじさん太っ腹ネ!きっと江戸一の肉まん屋になるネ!!」
大量のホカホカ肉まんを手に神楽は上機嫌だった。今日はこれを独り占めにできるのだ。チマチマ狙ってくる銀時も新八もいないのだから。
「ンフフ…これでカラシでもあれば最高アルな~」
幸せな重みを両手に感じながら、ふと神楽の足が止まった。
「……さて、どこで食べよっかな………」


商店街とは違って飲み屋街は店仕舞いが済みシンと静まっていた。そんな中の居酒屋『お登勢』の前で新八と神楽は見詰め合っていた。
「…なにしてんの?」
「お前こそなにしてるネ?」
お互い両手に大きな袋を提げたまま睨み続けている。
「あのさ、なんなの?これ重いんだけど」
「お前こそなんなんだよ?こっちだってクソ重いんだよコノヤロー」
会話にならない会話に膠着状態が続く。いい加減痺れを切らした新八が足を階段に向けた。
「どこ行くネ?」
「どこって…重いから荷物をおろしに……」
「お前、もうここには来ないって言ってなかったか?」
「神楽ちゃんこそもう出てくって言ってたじゃないか」
沈黙が流れ、気まずいままなんとなく二人は階段を登りはじめた。玄関の鍵は開いておりほとんど無意識に戸を開く。
「!」
すると途端に醤油の焦げるいい匂いと何かを炒める心地よい音が二人を出迎えた。
たまらず台所を開けると寝巻き姿のままの銀時が相変わらず死んだ魚のような目をしてフライパンを振るっていた。
呆然と立ち尽くす二人に気づくと銀時ははぁ、と深いため息をついた。
「ん、たく、なんだよ。二人ともいねぇから贅沢してチャーシュー入り独り占めしようと思ってたのによぉ」
そう言いながらも皿に移した炒飯はいくら大食らいの銀時でもとても食べきれないほど山盛りに盛られていた。
そう、ちょうど神楽の分を含めたいつもの三人前くらいか。
「あー…まぁ、見つかっちまったもんはしょうがねぇ。……食うか?」
照れくさそうに頭をかきながら銀時は二人を見もせずにボソッと言った。
「そうですね。ご馳走になります。僕もそこでお団子買ってきたんで食後に食べましょう」
「炒飯だけじゃなんか寂しいネ。肉まん買ってきてやったからおかずにするアル」
3人はそれぞれのものを居間のテーブルに広げるといつもの自分の席についた。
「なんだこれ?炭水化物取りすぎじゃねーか?」
「いいじゃないですか。いつもパンをおかずにご飯食べてるでしょ」
「炭水化物だけじゃないネ!豚まんとチャーシューでたんぱく質も取れるアル!」
さっきまで冷えていた部屋が暖かく感じるのは湯気の立ち昇るご飯のせいか。
さっきまでモヤモヤがたまっていた腹の底がすぅっと空いてグゥと大きく鳴ったのは空腹のせいなのか。
さっきまで強張っていた口のはしがほころんでいるのはご馳走を目の前にしているからだろうか。
「そんじゃ、食うか」
「うん、食べましょ」
「おいしそうネ!」
三人は匙を持ちあげ、胸の前で両手を合わせた。

「いただきまーーす!」



 

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