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 【万事屋】

文:サクラミツツキ 絵:ミツジ

『帰る場所』

 
赤黒い夕焼けに照らされている廃墟と化したターミナルの最上部に近いところから下を見下ろすと、三人と一匹の姿が目に入った。
これで全てが終わる。その胸中は極めて穏やかで至極落ち着いていた。少し歩いて瓦礫の上に腰を下ろした。あとは待つだけだと、口元を緩ませ、にやりと笑う。
男は解放感に満ち溢れていた。自分が死ぬか、自分があいつを殺すか。どっちに転んでも自分の望みは叶うのだから心は軽かった。自分の役目を漸く果たせる、そう思うと緩んだ口が元に戻らなかった。少しだけ悲しい、と思うのは気のせいだと思うことにして心の奥に閉じ込めた。
悲しいと思う程に歌舞伎町で長く過ごし、深く関わってきたんだと思うとなんだか照れ臭くもあり、それを自分が壊してしまったという罪悪感に今まで何度苛まれただろうか。それでも見ることしかできなかった自分が腹立たしくてならない。
小走りな数人の足音が聞こえて目を閉じる。全てが終わる音が近づいている、なんてな。皮肉めいた笑みを浮かべたその時。背後に気配を感じ、気づいたときには前が見えなくなっていた。噛まれた、と気づいたのは神楽の声がしてからだった。
「定春!!そいつ食べちゃダメアル!白祖になっちゃうヨ!」
神楽も新八も最初は引き離そうとするが、少しずつ時間が経つにつれて定春の様子を冷静に見ていた。
定春が尻尾を振っている。定春が噛み付いている。懐いていることは明らかだった。もしや…。
あの人しかいない。二人の思考はそこで止まってしまった。何故厭魅の格好をしているのか、とか疑問点は色々あるがそれよりも生きていたという嬉しさが込み上げてきて何も他のことは考えられなかった。
厭魅が定春を押しやり口を離させると、笠は取れて包帯も緩み、もう誰であるかなど明白だった。
二人は零した涙を花のように散らして銀ちゃん、銀さん、と叫びながら厭魅の格好に身を包んだ銀時に抱きついた。
銀時は抱きついてきた2人を抱きしめるでもなく、離れるでもなくただただ呆然と見つめていた。…夢でも見ているのだろうか。
「銀ちゃん…本当に銀ちゃんだよネ?」
抱きついていた神楽は顔をあげ、包帯越しに銀時の頬を撫であげ大粒の涙をこぼしている。2人のこぼしたものが銀時の服を濡らし重くしていくのに反し、自分の心が軽くなっていくように感じた。
いつ厭魅に乗っ取られ、理性を失うか分からないはずなのになぜこんなにも心が軽いのか。普通であれば離れろ、と2人を押し退けるべきなのだが不思議と理性を保っていられるという自信が根拠もないというのにどこからともなく満ち溢れていた。
神楽が銀時の目元を親指で拭う。その行為で初めて自分が泣いているのだと理解した。
「銀さん…万事屋に、帰りましょう」
神楽が頷き、定春がワンッ!と吠える。気づけば差し出された新八と神楽の手に吸い込まれるように手を伸ばしていた。







「銀ちゃん!私の取ろうとしてもそうはいかないネ!!」
神楽の方に箸を伸ばした銀時の腕を止めるように脚で阻み、そのまま銀時の脳髄へと一撃をくらわした。痛いともがく銀時をよそ目に、欠伸をする定春。呆れたようため息をつきながら寿司桶を抱えご飯を装う新八。
5年前より成長した姿であっても中身は全く変わっていない。 そのためか、5年経ったことの方が嘘のようだ。
「お帰り、銀ちゃん」
不意に言われた言葉に顔を向ければ、神楽が泣き出しそうな嬉しそうな、何とも言えぬ顔を向けていた。
「お帰りなさい、銀さん」
「ワンッ!」
面食らった顔で2人と1匹を見やり、目元を歪めてにやりと笑って目を閉じた。俺は、漸く……………………











「銀ちゃん!どこで寝てるアルか!!」
どこにそんな力があるのか、少女から繰り広げられた蹴りは男の横腹めがけて放たれ、居間の戸の前まで断末魔の叫びをあげながら飛んでいった。
銀時は訳が分からないといった顔で上半身を起こし、その場で胡座をかいて額を右手で押さえた。
玄関を塞ぐように神楽が仁王立ち、新八が玄関の戸を開けたところで立ち止まっているのが目に入った。そこで銀時は神楽の言葉、立ち位置から玄関で寝ていたのだと理解する。
俺は何をしていたのか、昨日のことが全く思い出せない。頭が痛いことろから推測すると、また千鳥足で帰ってきてそのまま眠ってしまったのだろう。そこまで考えて、何か暖かい夢を見ていたような気がして思い出そうとするが、神楽に頬を殴られたことにより阻まれた。
「今日は大事な用があって夜帰れないから新八の家泊まれとか偉そうに言っておいて、やっぱりただ飲みに行っただけアルか!」
「今日も仕事は入ってるんですからね、二日酔いで動けないとかなしですからね」
そう言って神楽と新八は俺の横を通り過ぎて居間へと入って行こうとしたところで神楽が動きを止めて銀時の方を振り向いた。
「あ、そういえば言ってなかったネ。お帰り銀ちゃん」
にしし、と笑いながら言う神楽に面を食らったが、同じように笑った。
「お前ェらも、お帰りさん」
夢の最後に思ったことを、思い出せた気がした。

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