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 【万事屋】

文:そると 絵:庵

 

 
夜の街、歌舞伎町。ネオンが煌き、人々は騒々しく一夜を過ごす。そんな中、路地裏で何やら不穏な影が動いた。誰にも気付かれることなく、影は消えていった。



***


もっさもっさもっさもっさ。


もっさもっさもっさもっさもっさもっさ。


もっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさ…


先程から万事屋の居間にて無言で口を動かしているのは、万事屋の坂田銀時と神楽である。落ち着き払った様子で、ただ、食べている。そう、食べているのである。


もっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさもっさ…

 

 

「 もっさもっさうるせェェェエエ!!!!食事シーンの企画だからって無言で食べてるだけ!?他の参加者馬鹿にしてんのかあんたら!!!」

勢いよくツッコミを披露したのは志村新八。隣の部屋からスパーンと襖を開けたところを見るとスタンバっていたのだろうか。

「オイオイ、ぱっつぁん馬鹿になんてしてねーよ。仲間外れにして悪かったな。ほら、豆パンやるから機嫌直せ。」

新八のツッコミも意に介さず、ソファに座ったまま、食べかけの豆パンを差し出す銀時に新八はなおも続ける。

「馬鹿にしてんだろーが!!つーか豆パン食ってたのかよ!あんだけもっさもっささせといて豆パンンンンン!?別に仲間外れにされてもねーし、スタンバってもないから!!!」

「予算がないアル、それくらい察しろやダメガネ。もっさもっさ。」

「もっさもっさはもういいよ!!!ゲシュタルト崩壊するわ!!!あと、ダメガネって言わないでくれる!?」

「まーまー、落ち着けよ。そう騒いだところでこの状況が変わるわけじゃねェ。」

「はぁ…だいたい、この間の傷んだ食材、カビが生えてましたよ。珍しく依頼が立て続けに入ったからって贅沢した上に パチンコでスるなんてバチが当たったんですよ。」

新八が呆れ混じりに言ったとき、万事屋にピンポーンという訪問者の知らせが鳴った。

「また勧誘アルか。新八、さっさと追い返すアル。もっさもっさ。」

「神楽ちゃん、いい加減に食べるの止めたら?」

「いいから、早く出ろ新八。もっさもっさ。」

「って、アンタもかよ!はぁ…。はーい!今出まーす!」

ガラガラと新八が戸を開けると、スーツ姿のおっさんがいた。おっさんといってもダンディな雰囲気はなく、どちらかというとハゲ散らかした感じのおっさんである。

「あの~、どちら様でしょうか?」

新八が切り出すと、ハゲ散らかしたおっさんは、モゴモゴと用件を口にした。

「こ、こちらは、依頼すれば何でも頼まれてくれる万事屋で間違いないでしょうか…。」

「なっ…!い、依頼者ァ!?ど、どうぞどうぞ!詳しいお話は中で!!銀さーん!依頼者です!依頼者の方がお見えになりましたよ!!」

久々の仕事の依頼に、浮かれていられるのも今だけであることを、この時 新八はまだ知らない。


***


「どうぞ。」

「はぁ、どうも…。」

新八が居間に依頼人を通し、お茶と豆パンを出す。銀時の隣で豆パンを食べる神楽に戸惑いつつ、依頼人はお茶を啜った。銀時に促され、依頼人は改めて用件を口にした。

「で、ウチへの依頼内容は何ですかね?」

「万事屋さんにお願いしたいことというのは…探し物なんですが…少し、ワケ有りでして…。」

厄介事か、と銀時は思った。厄介事には慣れてはいるが、できればやりたくないというのが本音だ。

「ワケ有りねェ…。」

いつもないやる気をさらに失くして銀時はソファにもたれかかる。そんな雇い主を戒めるように新八は肘でつついた。

「まぁ、その…私は一介の研究者でして、逃げ出した…研究対象を捕獲して欲しいんです。」

「えっ、ちょ、それって危ないんじゃ…!」

「いえいえ!別にモンスターとかじゃないんです!ただの微生物です!」

「微生物ゥ?」

「びせーぶつって何アルか。」

無言で豆パンを貪っていた神楽が口を挟む。新八が小声でたしなめ、依頼人の言葉を待った。

「厳密に言いますと、他所の星の微生物らしきものなんですがね…」

「待ってください、肉眼で微生物を探すなんて無理ですよ。」

「心配には及びません、奴らは群れで動きますし、一見カビのような見た目ですが人に害はありません。ただ…」

「ただ…?」

「ちょっと増殖が早くてですね、大きなアメーバのようになる可能性があるんです。そのうち、地球を覆い尽くす程にまで成長してしまいます。」

「オイオイオイオイ、それヤベーんじゃねーのかオッサン。さっさと武装警察でも何でも行って確保してもらえよ。」

「銀さん、顔にやりたくないって書いてありますよ。」

「えっ?んな、一昔前のギャグ漫画じゃあるめーし……ってホントだ!!やりたくないって書いてある!!ちょっとこういう演出いらないから!!消して!今すぐリライトして!!!」

「やめろよ!!ただでさえ二次創作のグレーゾーンなのに、更に首を絞める気かアンタ!!!」

「くだらない超幻想って言うよりただのくだらない超妄想アル。」

「それ以上はマジでやめて!!!!」

依頼人そっちのけでボケとツッコミの応酬が繰り広げられようとしたとき、依頼人は鞄から小切手を取り出し、机に置いた。それに気づいた三人は、依頼人に視線を集める。いや、小切手に視線を集めた。

「こ、こちらは、引き受けていただく場合の報酬金額です。」

「!?」

三人が唾をのんだ。5000,000─と書かれた小切手を見て、銀時は冷や汗をタラタラとかきながらも動揺を悟られないように口を開く。

「へ、へぇ~。そ、そうなんだ~。」

「こちらとしては、一部を前金でお支払いしても…」

「マジでか!?ちょ、ちょっと待っててくださいね……」

そう言うや否や、銀時、神楽、新八はソファの裏に素早く縮こまり、ヒソヒソと相談を始めた。

「どうするんですか、銀さん!こんな大口の依頼…!」
「500万か……そんだけありゃ家具のグレードアップも夢じゃねぇ…!」
「牛の肉とか食べられるアルか…!」
「牛の肉どころじゃねーぞ、高級ステーキだって食える!!」
「マジでか!!ひゃっほおおおおう!!!」

あ、ダメだこの人達。と新八はこの時思った。


「あの~、それで、引き受けていただけるんでしょうか…。」

依頼人の問いにスッと立ち上がった三人。そして銀時は振り返り、こう返答した。

「その依頼、万事屋が引き受けましょう!!」

その顔には「大金ゲットだぜ!」と書かれていたそうな。(新八談)


***


例の依頼を引き受けた万事屋は手がかりを探す為、奔走していた。
依頼人のハゲ散らかしたおっさんの話によれば、ターゲットは痛んだ食材を餌として繁殖するという。

「中々手がかりがつかめませんね。」

往来の壁際に集まり、報告し合うも手がかりナシ。何かないものかと思いつつ、銀時は懐から写真を取り出した。

「しっかし、コレどう見てもただのカビにしか見えねーよ。」

写真に映る捕獲対象を眺めて銀時がぼやいた。定治の横で豆パン…ではなく、酢こんぶをかじる神楽が気怠げに言う。

「もう、その辺のカビ集めて渡せばいいアル。」

「いやダメだから。カビじゃないから。」

即座にツッコミを入れた新八が、一つため息をついた。

「あれ?万事屋の旦那じゃないですか。どうしたんです?こんなところで?」

そんな行き詰まる万事屋一行の前に現れたのは、真選組のジミー…もとい、山崎であった。山崎と新八は互いに会釈をする。

「ちょっと探し物の依頼があってな。」

「そういうジミーこそ何かあったアルか?」

真選組の隊服であるところを見ると、普通の捜査なのだろう。他の隊士もチラホラといるようだ。

「いえね、ここ数日 江戸で食材が盗まれるって騒動があちこちで起きてまして、その聞き込みですよ。それも何故か傷んだ食材ばかりが盗まれるってんです。奇怪な盗っ人ですよ全く。」

「へー、そうなの。ま、ガンバッテ。」

「ええ、旦那方も早く探し物見つかるといいですね。それじゃ。」

山崎がその場を去って数秒、見送るポーズをとったままフリーズしていた銀時が騒いだ。

「待て待て待てェェェエエ!!!!オイ新八!!どういうことだ!!傷んだ食材が盗まれる!?これってもしかしなくてもアレだよね!!!!コレ、ヤバいんじゃねーのかオイ!!」

「落ち着いてください!!まだそうと決まったわけじゃありませんよ!!!アレだとしても僕らに責任はないです!!!」

「どうでもいいヨ。それより名案を思いついたネ。ありがたく聞くヨロシ。」

「名案?」

「ヤツの好物を仕掛けて罠を作るアル。」

「好物ねェ…」

「上手く行きますかね。」

「ま、やらねーよりはマシだ。試してみようや。」

神楽の提案を元に捕獲作戦が始まった。


***


所変わって、とある公園。作戦を実行する為に銀時、新八、神楽、そして依頼人が集まっていた。

「例の物は持って来たアルか。」

軽トラックとともにやって来た依頼人に、テレビドラマのヤクザのようなセリフを神楽が言い放った。

「ええ…車の荷台に…というか皆さんその格好は一体…?」

黒スーツにサングラス、まるで何処かの組織のような出で立ちの万事屋三人を見て、依頼人は戸惑っていた。

「気にしないでください。」

「はぁ…。こちらで、よろしいんで?」

「問題ない。よし、始めるぞ!」

三人はササ、サササッと口で効果音を言いながら依頼人の持って来た段ボール箱を移動させていく。そうして、作戦の準備は整った。

「後は、かかるのを待つだけですね。」

「このカラクリが正常に動けばな。」

「銀ちゃーん、ココに入れとけばいいアルか?」

あ の神楽の提案から源外の所へ行き、簡易的な捕獲装置を作ってもらっていた。原理的にはネズミ捕りに違い古典的なモノだが、普通の動物では通れない網が仕込 まれ、さらにカラクリ技師としてグレードの高い仕掛けが施されているという。かかったのを確認したらこのスイッチを押せばいい、と源外から渡されたリモコ ンを手に銀時は神楽へ返答した。

「そっちじゃねェ、右だ!ったく、一番重要なポイントだろーが。これでよし。」

後は、本当にかかるのを待つだけだ。依頼人を帰し、万事屋の三人はひたすら待った。


***


ジリリリリリリリリリ。

日が暮れ始めた頃、突如としてカラクリのベルが鳴り響いた。

「ホントにかかった!?」

「よし、慎重に行くぞお前ら。」

こくりと頷き、そっと装置へ近づく三人。中を確認しようとしたその時、背後から誰かに声をかけられた。

「オイ、てめーらそこで何してる。」

振り向くとチンピラ…いや、真選組副長の土方が隊服姿で立っていた。相変わらずの瞳孔開き気味な上、煙草を吹かす。会いたくない人物のご登場である。

「あ、土方さんどーも…。」

「ゲ…。」

「職質するなら酢昆布寄越せヨ。」

三者三様の反応に土方は顔を引きつらせ「何だてめーらか…。」とあからさまに嫌な顔を見せる。

「お忙しい真選組の副長様がこんなところに何のご用ですかね~?」

土方は、銀時の言い草に青筋を浮かべつつ返答する。

「聞き込みの途中でデカい音が聞こえたんでなァ。来てみりゃ、怪しい奴が三人集まってたんで職務質問をしてるってワケだ。」

「へ~、そりゃご苦労様ですぅ~。何事も無いんで、どうぞ聞き込みを続けてくださァーい。」

「あーあー、無駄な時間を取られちまったよ全く!って、その後ろの物体は何だ。」

銀時と土方の口論が発展しかけたところで、罠装置に気づいた土方が問う。それに新八が慌てて答えた。

「え!あ、その、動物捕獲用の罠です!」

「ほ~?何か怪しいな…ちょっと調べさせてもらうぜ。」

ガチャガチャと調べ始めた土方に銀時と神楽が抗議の声をあげた。

「あっ!てめ、勝手に触んじゃねーよ!」

「プライバシーの侵害アル!」

「てめーらにプライバシーなんてそんな上等なもんがあるとは知らなかった。っと…何だコレ。カビか?それにしてはでけーな気持ち悪り…」

土方の言葉に三人は目を輝かせた。

「カビって…銀さん!やりましたよ!」

「あとはこのスイッチを押すだけだ。」

「これで牛ゲットアル!!」

「オイ待て、何の話だ!説明しろ!」

勝手に盛り上がる三人は、土方をそのままに、ポチッとリモコンのスイッチを押した。しかし特に何も異変は起こらない。

「………アレ?」

嫌な予感がする。三人ともそう思っただろう。

「…お前ら、何がしたいんだ。」

呆れた様子で声をかけたのは土方だった。我に返った銀時は慌ててカビらしきモノを確認する。

「なんじゃこりゃああああああ!!!!」

銀時の絶叫を聞いて、新八と神楽も覗き込んだ。

「コレは一体…!」

「どうなってるアルか!!」

状況のわからない土方だが、再びカビらしきモノを視認する。

 


「あ?さっきよりかなり小さくなってんじゃねーか。」

先ほど土方が見たときはサッカーボール程の大きさで集まっていたカビらしきモノが、3分の2程度の大きさになっていた。そして尚も徐々に小さくなっている。中ではピュッピュッと醤油が降り注いでいた。

「あのジジイまた醤油さしかよ!!!つーか、なんで縮んでんだコイツ!!!」

「銀ちゃん!どんどん小さくなってくヨ!」

「とりあえず、コレ止めましょう!!!」

慌ててスイッチを押すも止まらない。焦りと苛立ちが募る。気づけばテニスボール程度にまで小さくなっていた。

「何で止まらねーんだよ!!くそ、仕方ねぇ、ぶっ壊すぞ!!」

「任せるアル!ふんごおおおおおおおおおおお!!!」

神楽がメキメキと粉砕し、その隙間から銀時がどうにかガラス瓶へと捕獲に成功した。一安心である。

「なんとか捕獲できましたね…。」

「ああ…」

新八と銀時が、ホッとしたのも束の間、放置プレイを決め込まれていた土方が歩み寄る。

「さぁーて、詳しく事情を聞かせてもらおうか。」

銀時と新八は「あ、やばい。」と二人して思っていた。神楽だけが、ぎゅるるると腹の虫を鳴かせていた。


***


「ほう?つまり、一連の食材窃盗事件はこのカビが原因ってことか?」

「ねえ、もう帰っていい?依頼人待たせてんだけど。」

「ダメだ。あと、このカビは押収だ。」

「いやいやいやいや、善良な市民から取り調べして、その上 所持品まで押収するとかお宅らヤクザか何か?」

「事件の元凶だろーが。それとも、てめーらがブタ箱に入るのか?」

「銀さん、もうコレは諦めるしか…」

「カツ丼くらい出せねーアルか、しけてんな。」

「待て、わかった。せめて、報酬は受け取らせてくれ。」

「ダメだ。」

そんなやりとりが真選組の屯所、取り調べ室で行われていた。かれこれ二時間は経とうとしている。そこに、ノック音の後、山崎が入ってきた。

「失礼します。副長、任意同行で引っ張ってきました。」

「おう、山崎。ご苦労。じゃ、てめーら帰っていいぞ。」

山崎の報告を受け、万事屋の三人をあっさり解放する土方。それに違和感を覚えた新八が尋ねた。

「任意同行で引っ張ってきたって…まさか…」

「お前らの依頼人だ。万事屋に訪ねてきたところを捕まえさせた。じゃーな。」

屯所から追い出され、三人は怒りを屯所の門にぶつけた。

「このチンピラ警察が!善良な市民を何だと思ってやがる!」

「カツ丼出せコルァ!」

「いや、ソコじゃねーだろ!はぁ、ほら帰りますよ。」


***


新八に促され、仕方なく万事屋に戻ったが気力などない。結局、貰った前金数万円も捕獲装置に費やし、タダ働きもいいとこである。

「俺の500万が…。」

「肉が…。」

かなり落ち込む銀時と神楽。新八が食事を作り、出来上がったものを食卓に並べながら二人に声をかけた。

「まぁ、そう簡単に大金が転がり込んでくるわけないですよ。でも、傷んだ食材を好むなんて変でしたね。はい、神楽ちゃん。」

もそもそと食卓につく三人。そこには随分と質素な食べ物が並んでいる。その食材を見て銀時が呟く。

「傷んでるな…。」

「まぁ、火は通してありますし。贅沢はできません。」

「ジャンプでトリコも言ってるからな、たまには全ての食材に感謝してみるか。」

「腹に入ればいいアル。」

「元も子もないことを…。さ、食べますか。」

それではみなさん、お手を拝借。


「「「いただきます!」」」


 

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